石野 有紀子さん(いしの ゆきこ)たまリバ ネイル
美術短大を卒業後に印刷会社に勤務。その後、育児離職した専業主婦時代にママ友にネイルをしてもらったことをきっかけにネイリストの道へ。つつじヶ丘でネイルサロン「たまリバ ネイル」を営む。たまリバ ネイル Instagram |ウェブサイト
調布市西つつじヶ丘の路地裏の奥にひっそりと佇む古民家「もえぎ家」。ネイリストの石野有紀子さんは、ここで「たまリバ ネイル」を営んでいます。懐かしい雰囲気の小さな玄関ドアを開けると、石野さんがゆったりとした笑顔で出迎えてくれます。
結婚を機に中野区から西調布へ引っ越してきた石野さん。ネイルに興味を持ったきっかけは、ふたりの子どもが保育園に通っていた頃、ママ友にネイルをしてもらったことでした。育児に追われる日常の中でも、ネイルを施した手元を目にすると、自分らしさを取り戻したような明るい気分になったそうです。
開業当初は、西調布の自宅で知人紹介の方を中心に施術。約7年前に、イラストレーターのアトリエだった「もえぎ家」に仕事の場を移しました。現在の住まいからもえぎ家までは自転車で15分ほど。朝、家族を送り出して家事を済ませ、最初の予約を受けている10時前に到着するのが日常です。
つつじヶ丘は世田谷区や三鷹市の境に位置し、西調布で活動していた頃と比べると、お客様の雰囲気が少し変わり、50代以上の大人の人や、個性的な印象の人も多いとのこと。そうした、経験が豊かであったり、自分らしさを大事にしたりする人が、石野さんを訪れる理由は、デザインセンスだけではありません。対話を重ねつつ、その時、その人の在り様に寄り添ったデザインを施してくれる時間が、心を癒し、気持ちを整えてくれるから。ファンが増えていくのも納得です。
施術中のお客様との対話は、石野さんにとっても自身の視野を広げ、新しい価値観をもたらす時間です。特に海外での生活が長い人や転勤族で色々な地域に住んだ経験のある人との対話では、知らなかった文化や考え方に触れることで、日常や常識と思っていることが、じつはそうではないことに気づかされます。また、キャリアアップを重ねている人との対話では、仕事に対する考え方のヒントを得るだけでなく、石野さん自身のキャリアの「次の一歩」の後押しになったこともあるそうです。
そうした人々との繋がりにご縁を得て、今、石野さんはもうひとつの仕事である「マイペースカフェ」に取り組んでいます。「マイペースカフェ」は石野さんの知的障害のある息子さんが、”マイペース“に淹れたコーヒーを提供するカフェです。カフェを利用するお客様も、カフェのスタッフも、それぞれの”マイペース“を大切に味わうユニークな場です。
マイペースカフェの発端は、石野さんがネイルサロンのお客様に話した「ウチの息子は毎朝モーニングコーヒーを淹れてくれる」という何気ないひと言でした。
そこから瞬く間に、イベントでのカフェ出店が決まりました。ところが、イベント当日も大好きなゲームに夢中でなかなかコーヒーを淹れようとしない息子さん。最初はハラハラした石野さんでしたが、そんな石野さんの思いとは裏腹に、お客様はコーヒーの提供を待ちながら、他のお客様やスタッフとのおしゃべりを楽しんだり、その様子をニコニコ眺めたりと、いつの間にかお客様それぞれのペースでリラックスして過ごす場になっていました。
他のカフェとは違う時間の流れの中で、日常や常識に対して立ち止まり、非日常をお客様自らが積極的に楽しもうという雰囲気。別の会場でカフェを開いても、自然とこの空気が生まれるそうです。
ひとつの繋がりからまた次の繋がりへ――。
誰もが自分らしい在り様でいることを願っている石野さんにとって、調布はいつも自分らしく過ごすことができる、「ちょうどいい」と感じられる場所なのだそうです。そんな場所に、人は愛着をもつのかも知れません。
文 北村みどり、写真 石野祐子