2023年10月30日(月)にサイボウズ株式会社で実施された「NPO事業承継サミット2023」において、非営利型株式会社Polaris創業者の市川望美と2代目代表取締役の大槻昌美が登壇しました。創業者である初代と事業を継いだ2代目、それぞれの視点を通して女性中心型組織における意思決定や代表交代について語りました。
本日のモデレーターは、Polarisも長くお付き合いさせていただいているサイボウズ株式会社ソーシャルデザインラボの渡辺清美さん。大槻からPolarisを紹介の後、市川からPolarisの創業のきっかけと代表交代に至った経緯を説明しました。
大槻:Polarisは、“「未来におけるあたりまえのはたらきかた」をつくる”をミッションに掲げ、誰もが暮らしやすく働きやすい社会の実現を目指し、多様な働き方を実現するための事業に取り組んでいる会社です。ワークシェアコミュニティや地域コミュニティの立ち上げから運営支援、ミドルシニア世代の働き方支援など、幅広い活動を行っています。
Polarisには経営メンバーが5名、業務委託メンバーが約200~250名在籍しており、プロジェクトごとに契約を結んで働いています。Polarisの組織運営にもプロジェクトとして関わるメンバーが20名ほどおり、フラットで対等な関係性を大切にしながら、顧問の社労士さんや弁護士さん、税理士さんなど専門家の方に支えられて活動してきました。
暮らすことと働くことが愛着のある場所で調和し、心地よさを感じられる状態。――それを実現するために、地域に住んでいるからこそできることや自分自身の経験が価値になることを「シゴト」にしてきたのがPolarisです。
立ち上げ当初、「地域×女性×働く」を掲げると、「ボランティア」というイメージが強く、それを払しょくするために新しい働き方を表現するコトバが必要でした。そこで、「Loco-working(ロコワーキング)」(ローカル×コワーキング)という表現を用い、愛着ある場所で暮らし働くことに名前と価値を託していきました。さらに、Loco-workingを通してつながる人との関係を「“シゴト軸”のコミュニティ」と呼んでいます。
市川:Polarisは2012年に、私と大槻昌美、山本弥和の3人で立ち上げた会社です。利用者として産育休中に通っていた世田谷の子育て支援のNPOに、いい意味で、半ば巻き込まれるようにスタッフとなり、自分たちで必要な支援をつくってきましたが、徐々に子ども子育てから、女性のキャリアや働き方といったテーマに、より関心が向かうようになりました。そこで、内閣府のビジネスプランコンペに採択されたのをきっかけに、山本と大槻に声をかけて創業しました。その頃から、次の代表交代がPolarisの成長に重要だと感じて、組織の発展と多様性を促進するためにも、3〜5年での代表交代を考えてはいました。
ちなみに初代と2代目では、経営のスタイルが真逆なんです。私は「俯瞰して物事を考える」のが得意で、「経営に関心がある」のが個性でありスキルなのかなと思ってます。一方昌美ちゃん(大槻:以下同様)は、現場で仲間と一緒につくっていく「チーム起業」のような環境で力を発揮できる、という個性を持っています。
そうした昌美ちゃんの個性を考えても、創業者のビジョンによるトップダウン型のリーダーシップ経営はフィットしません。フォロワーシップを大事にし、全員が自由に意見を述べられて関わりやすくなる、フレンドリーかつサーヴァントな環境をつくることが、Polarisの第二創業を達成する上でもすごく重要だと思っていました。そうした環境を率いるには昌美ちゃんの個性が最適でした。このような背景から、組織変革の一環として代表交代を選びました。
経営面では実績があまりなかったからこそ、Polarisが掲げるミッションやビジョンの賛同者を増やして世の中に問いかけることを「市川代表」期で行ってきました。対して代表交代後の「大槻代表」期は、事例や実績も蓄積されてきて、ビジネススキームが固まりつつある時期に、大事な融資を受けたり大手企業と連携したり、顧問の税理士に組織基盤を見ていただいたりと、ビジネスの基盤強化を図ってきています。
ここで、初代市川代表から大きなバトンを引き継いだ2代目大槻代表が、2代目ならではの苦悩を語りました。
大槻:望美さん(市川:以下同様)から引き継いだ当時(2016年10月1日に代表交代)は、Polarisの会議に出るのが本当に怖かったんです。望美さんは今でも、「Polarisのカリスマだね」って言われます。そんな望美さんと同じような「代表」を、周りから求められてるんじゃないかと思い込んでいたので、2019年くらいまでとにかく苦しかったんです。でもみんなと一緒に現場を感じたり、関わってくれるみんなを支えることだったら私はできる。望美さんと同じになる必要はないし、そもそもなれないことを理解してから、スッと楽になりました。今では、私がやりたいことを話すと、ほかのメンバーから「あとは私たちが考えるんで」と言われてしまいますが、みんなに手をかけてもらえる余白が生まれるので、これでよかったんだと思っています。
対して初代市川は、創業者ならではの苦悩と、その後に初代と2代目が下した大きな決断について語りました。
市川:先代は先代で、いろいろ苦悩がありまして。カリスマだと言われるのが本当に嫌だったんです。
ふたりそれぞれに葛藤していく中で、組織の大事な時に私たちは逃げ場所を作ったんですね。昌美ちゃんは子どもの小学校のPTA会長に、私は大学院生にそれぞれなりました。大学院を選んだのは、みんなが立ち返る場所になるためにもちょっと遠くの世界を見てこようと。きっとこの経験はいずれ、Polarisの役に立つだろうし、私が今見てきている新しいビジョンが必要とされる時がくるんだろうと。苦悩を乗り越えるために選んだ工夫でしたが、大事な時だからこそ、他の居場所を持っておくことが自分自身にとっても大事だなと当時を振り返ってみて思っています。
最後の質疑応答では、サイボウズの渡辺さんが代読する形で、大槻・市川に寄せられた、参加者からの質問に答えていきました。代表交代に関することはもちろん、組織の定義を問うものから経営スタイルや事業縮小など、Polarisの経営に関することまで幅広いジャンルの質問をお寄せいただきました。
Q.女性中心型組織ということでしたが、実際に組織やお客様にはどれぐらい女性がいらっしゃるのでしょうか。
大槻:業務委託のメンバー約250人いるうち、男性メンバーの方は10人弱ほど。あとはほぼ女性です。クライアントさんに関しては性別に関わらず一緒にお仕事させていただいてますが、立ち上げ当時はどちらかというと男性の方がPolarisを応援してくれることが多かった印象です。
Q.大槻さんは現時点で継承を考えていらっしゃいますか。
大槻:具体的に何年後どうするというのは決まっていませんが、Polarisという組織の存続のためにも代表交代はすごく必要だと感じています。そういう話も含めて、半年くらい前に、経営メンバーで今後のPolarisの話をしました。
Q.第3フェーズはどんな成長段階を担っていくか。事業縮小のフェーズなども考えていますか。
大槻:Polarisの事業も組織自体も、その時々で変わっていくんだと思います。今経営メンバーと話しているのは、今後のPolarisの経営スタイルですね。どんな形が今の私たちに最適なのか、心地いいのかを常に考えています。実現できるかどうかはさておいて、さまざまな人たちに経営に関わってもらうためのアイデアはたくさんあります。もし我こそはという方がいたらぜひ、Polarisに関わっていただけたら嬉しいと思ってます。
Q.創業時点で描いていたビジョナリーな代表交代を実現させるのは、なかなかできることではないという印象です。それを可能にした要因は何だったのでしょうか。女性中心型組織であることは成功要因に関係しているのでしょうか。
大槻:今聞かれて改めて考えてみましたが、例えばパートナーが転勤するとか、家族が増えるとか、女性はライフスタイルの変化に合わせた対応が求められがちで、将来の予測をしにくい点があります。さらに女性中心型の組織で不安定な働き方をしている私たちにとっては、ビジョナリーこそ必要だったりします。VUCAの時代が追い風になっていると思います。何かを変えること自体は必然だったのかもしれません。また、今までは稼いだものを分配するスタイルでリスク回避していましたが、これから先もずっとPolarisに関わりたいと思ってくれる人に提供できる選択肢を増やすために、経営規模の拡張は大事だと感じています。
Q.早めに代表交代しようと思ったきっかけは何ですか。
市川:最初のきっかけ自体は思い出せないのですが、子育て支援のNPOにいたときに代表交代が難しい様子を見ていて、そこを上手くやりたいと思っていたのはあります。
また、Polarisが次のフェーズに進むためには、みんなにとってPolarisがもっと自分ごとになる必要があると考えていたし、創業者がいつまでも引っ張るような形ではだめだと思い、3年から5年で代表は交代すると決めていました。
Q.組織の運営にあたりルールやマニュアルがありますか。
大槻:Polarisって優しい組織だという印象を持たれるのですが、ゆるいわけではなく、仕事のクオリティはしっかり担保しており、そのためのルールやマニュアルがあります。また、「こころえ」という行動規範を文章化したものがあり、業務にどういう姿勢で関わるかという指針を示しています。創業の頃につくった「Polarisの11のキーワード」というものもあり、それらのキーワードに対して自分たちがどう体現できているかを振り返る仕組みもありました。ルールやマニュアルって言うとガチガチに縛っている感じがしますが、どちらかというと組織との関係性を見つめ直す手引書みたいなイメージです。
Q.2代目大槻さんになられて、ある意味ビジネスになってきたとのことですが、それに対して初代市川さんは違和感を覚えることはありましたか。
市川:違和感よりも「こうすればいいのにな」という、社会的意義といった点での物足りなさのほうが近かったかもしれません。でもPolarisというコミュニティへの信頼があって、難題があっても、上手く乗り越えたらいいな、いや乗り越えなきゃいけないなっていう想いも抱いてました。
Q.組織の定義をどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。
大槻:「組織」は、誰かがつくった枠ではなく、みんなで0から作っていくものだと思っています。だから楽しい。それがなくなったら、組織を作り上げる価値が薄れてしまいます。最近は働き方もいろんなスタイルがあるからこそ、あえてPolarisを選んでもらいたいと思っています。組織があることで、一度離れても誰でもいつでも戻ってこれる、大きな家族みたいなものです。
市川:人によって捉え方がさまざまかもしれませんけど、私たちにとってPolarisはみんなのサードプレイス的なものであり、安心して乗っかれる基盤のようでもあり……。シゴト軸のコミュニティという言い方もしていますが、組織という意味では多分皆さんが捉えるよりもPolarisは自由度が高いかもしれません。
Q. Polarisでは、事業部ごとにバラバラにすることを考えられた経験はありましたか。
大槻:実は事業として一つ別の方にとか、NPOと株式会社2つを立ち上げたいとか、NPOと株式会社とホールディングスか何かで3つに分けようみたいなアイデアは、これまでもありました。フルタイム雇用をしていたら、多分そうはいかないかもしれませんけど……。
いろいろ考えた結果、ミッションもビジョンも重要だし、将来的にはこの事業を一本化する判断を下すかもしれませんが、全体を通して「Polarisであること」を表現したいという想いで、今のような形になりました。「Polarisに関わること」が仕事を選ぶポイントの一つになり、関わるメンバーによってPolarisの捉え方も変わってくるんじゃないかなと思います。
市川:一緒にやってきた人と別れるという観点で言うならば、Polarisには「待たないけれど、決して見捨てない」という言葉があり、組織から離れる選択を尊重しています。一度離れて戻ってきた経営メンバーがいるくらいなので、続けることだけが正解じゃないなとも思うんです。一緒にできない時はできないので、お互いの選択を尊重できればいいなと。「またいつか、ともにできることがあれば是非やりましょう」みたいな、ちょっと余白を残したお別れの仕方ができるとハッピーですよね。
Q.Polarisさんって心地のいい場所を作りながら事業をやってらっしゃったと思うんですけど、そういう場所は実際いくつくらいあるんですか。また、全国各地の案件はどんな形でお話をいただくことが多いのでしょうか。
大槻:現在全部で約10箇所ですね。Polarisの実績を見て相談をいただくこともあるのですが、全国のいろいろなところにつながりのある人がいるので心強いです。
市川:きっかけは講演やセミナー、ワークショップが多いですね。女性活躍推進をテーマにしているところもあれば、子育て支援がテーマのところ、移住定住支援、テレワーク、ワーケーションなど本当にいろいろなテーマで声をかけていただきます。福岡の糸島や徳島のケースだと、地域でコワークシェアをしている人たちにセミナーの講師として招かれ、翌年は予算がついたから一緒に活動をする、ということがあります。創業時は日本財団さんなど社会的な中間支援機関に話を持ち込んで、こうした拠点を整備すること自体をPolarisの事業にしたいと考えていた時期もありました。
Q.出会った頃から「自分たちの活動を横展開していくんだ」とおっしゃられていて、今お話を伺っていると本当に着実に活動を積み重ねてきてらっしゃることを実感します。
大槻:私たちは、ただ自分たちがどこかに行って何かをするのではなく、その場所の人々と共通の価値観や精神を共有できればいいなと思っています。活動が終了したらそこで終わりではなく、現地の文化や方法を尊重しつつ関係を維持できたらいいですし、その地域の人々を常にサポートしたいです。一緒に取り組めるプロジェクトが残れば素晴らしいなとも考えています。
Q.運営メンバーに雇用してる人はいないのですか。
大槻:現時点でPolaris運営のメンバーにも雇用している人はおりません。今後雇用するメンバーも生まれてくるかもしれませんが、業務委託にも雇用にもそれぞれメリットがあるので、そのあたりはミックスできたらいいのかなと思っています。
最後に、大槻と市川から、参加者にメッセージを伝えました。
大槻:望美さんが今もファウンダーとして組織に関わっていることは、Polarisにとっても大きいと思っています。組織を維持するために事業運営に注力した時期もありましたが、「それ、Polarisじゃなくてもいいよね」と存在意義を考えるまでになってしまいました。最近は運営メンバーから「立ち上げ時のストーリーを話してほしい」と依頼されることがあります。望美さんからみんなに「想い」を話してもらうと響き方が違います。
一方でPolarisはチーム経営であり、全員が業務委託という新しい形の経営にチャレンジをしているので、タイプの異なる経営メンバーが違うやり方で同じ目標に向かっています。Polarisの今後が私自身の変化も含めて楽しみですし、「大変な思いもするけど、せっかくやるなら、自分自身も楽しみたい」というポリシーを大切にしていきたいです。
市川:代表交代が持つ力はすごくありますが、何のためにするのか、目的を明確にしないといけないと思ってます。組織の形を大胆に変えやすいし、変化に向けた意気込みやビジョンを組織の内外に印象づけることもできます。Polarisは「心地よさ」を大切にした経営をしているので、代表交代は新陳代謝という点においても必要でした。
いろんな創業者やNPOの初代代表理事に「早くファウンダーというポジションに行ったらいいですよ」って結構よく言ってます。NPOはどこも、創業者の想いから作られているので、創業者なりにこだわりや大事に思っているところがあるのはすごく分かります。しかし創業者や代表者が取る選択って、組織に与えるインパクトはすごくあるんですよ。組織の代表交代の節目にいる方は、自分たちが何のために、何を守りたくて代表交代したいのか、どこを目指すのかを丁寧に話し合ってもらえたらいいなと思います。
関わる全ての人たちにとっての「心地よさ」を大切に、活動を続けてきたPolaris。組織の発展と持続性のために成し遂げた代表交代は、さまざまな苦悩や葛藤、試行錯誤を経て、個性を活かしつつもしなやかに、時代の変化に対応する現在の経営スタイルを確立しました。
これからもPolarisは、いろいろなメンバーを受け入れつつ、「チーム経営」で組織を運営するとともに、いろいろな働き方の選択肢を作るための事業に取り組んでいきます。
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