人生100年時代を迎え、60歳以降の人生が長くなっています。地域とのかかわり方、働き方が多様化したことで、さまざまな選択肢の中から、自らの関心や体力、状況によって自由に選択したり、組み合わせたりして活動するシニア世代の方たちがいます。
「よこはまポジティブエイジング」は、 シニア世代と地域の企業・団体での地域貢献活動をつなぎ合わせる事業で、基礎講座を受講した後、個人やグループで地域の企業・団体での活動に参加する機会をマッチングしていきます。
ここでは、2023年10月、本事業の基礎講座第2回「『活動』を通して地域とつながろう 経験・スキルの棚卸しワークショップ」(取締役ファウンダー:市川望美が講師登壇)の様子をご紹介します。
「活動」を通して地域とつながろう ― 経験・スキルの棚卸しワークショップ
講師:市川 望美(非営利型株式会社Polaris取締役ファウンダー)
対象者:横浜市内在住の概ね60歳以上、仕事等で培った知識・経験・スキルを活かしたい方、地域の活性化に貢献したい方
(西区開催)
日時:2023年10月12日(木)18:30〜20:30
会場:日本丸メモリアルパーク 訓練センター 第1・2会議室
(金沢区開催)
日時:2023年10月31日(火)10:00〜12:00
会場:金沢公会堂(区役所隣接)第1会議室
2023年8月に12周年をむかえたPolarisは、内閣府のビジネスプランコンペ採択をきっかけに設立された非営利型株式会社です。創業期のメンバーによる「子育て支援」と「まちづくり」の視点を継承しながら企業や自治体と協働し、「誰もが暮らしやすく、はたらきやすい社会」を実現する、さまざまな事業を行っています。
その事業の一つとして、2021年から世田谷区でシニアの就労マッチング事業「R60-SETAGAYA- 」に取り組んできました。そこで気づいたのは、今のシニア世代の人たちはひと昔前よりも心身ともに若々しいことです。そこで、「よこはまポジティブエイジング」を共に進めていくにあたり「シニア」「エイジング」という言葉のイメージについて、改めて問い直す必要があると考えました。
そこで、まずは参加者のみなさんと「シニア」「エイジング」という言葉についてディスカッション。参加者の持つ「シニア」「エイジング」のイメージは多様で、年を重ねたからこそ得られた能力に価値を置く発言も多くありました。その一部をご紹介します。
- 「シニア」「エイジング」ということばにはネガティブなイメージがある。「ジェネレーション」のような、年齢的な制限のない、活発に動けるイメージの呼称が良い。そのほうがもっともっとポジティブに動けるのではないだろうか。
- 年をとっても前向きに動ける。
- シニアといっても、本当に幅広い方たちがいらっしゃいます。年齢だけでひとくくりにして考えるのは、あまり意味がないなと思います。
- シニアだからこそ社会貢献ができる、そういうことをやっていきたい。
- たとえば「エイジングビーフ」のように、熟成された肉のようなイメージ。上質でおいしい。
- 「子育て中のママだからこうしなさい」みたいに言われるのも疑問でした。エイジングも同じことではないでしょうか。
- 弁護士や行政書士のような専門職の方の補助は、シニアだからこそ 経験値や傾聴力など、色んな事が役立つのではないか。
- いいことも悪いことも、受け入れながらも、前向きに考えていきたいです。
このような意見からもわかるように、シニア世代のみなさんは、「シニア」「エイジング」を画一的に受け止めておらず、多様な価値観で接しているようです。
自治体や企業がシニアにむけた事業を考えるとき、年を取ることはマイナスイメージではなく、それまでに得てきた経験を活かすというポジティブな捉え方をする人が増えていることを一つのファクターとして位置づけると、さまざまな解決が生まれてきそうです。
参加者の方が「ポジティブエイジング」を自分ごととして問い直した後、市川の講義に入っていきます。
これまで、人のライフサイクルは「学校で学び、働いて、余生を楽しむ」という、3つのステージが順番にやってくる「3ステージ制」のイメージでした。しかし今は、人それぞれのタイミングで、ステージを組み合わせながら多様なライフスタイルを実現する時代です。
イギリスの研究者リンダ・グラットンは、2012年の著書『ワーク・シフト』で100年ライフを定義し、《100年ライフを自分らしく生き生きと暮らすためには、自分が必要とするタイミングで「学ぶ」と「働く」と「楽しむ」の3要素を組み合わせながら変化していくことが重要である》と指摘しています。
市川は、『ワーク・シフト』内で提唱されている、地域を中心に豊かな100年ライフを送るための3つの無形資産「生産性資産」「活力資産」「変身資産」について、それぞれどのようなものかを紹介しました。キャリアやスキル、専門技能などは可視化された資産ですが、その他にも私たちには周囲の人たちとの豊かなつながりや、変化を恐れず柔軟に対応する力といった、100年ライフに欠かせない無形資産があると語られています。
新しいことへの挑戦は若者だけの特権ではありません。自分についてよく知り、人的なネットワークを持つことは、人生の大きなプラスになります。今は年齢にかかわらず、自分の可能性を信じて開花させ、開拓していける時代なのです。
コロナ禍により、オフィスへ出勤して働く以外のさまざまな場所での働き方が定着しました。労働形態も、従来の正社員やパートタイムといった労働雇用契約のほかに、業務委託契約などの多様な働き方が一般化してきています。
シニアの働き方の選択肢のひとつに「シルバー人材センター」があります。シルバー人材センターは法令にもとづき都道府県知事が設置運営する公益法人で、高齢者に軽作業を提供しています。何か提供できるスキルがある人には、オンライン上でマッチングされるシニアむけのクラウドソーシングの仕組みもあります。
ミドルシニアが地域とのつながりを活かして働くとき、報酬をきちんともらいたい人もいれば、心身の健全を目的として社会活動に参加したいという人もいます。地域に暮らす人が自身のネットワークを見直すことで、働き方の選択肢が増えていきます。自身がどのように仕事に関わりたいのかを知るほど、より自身に合ったマッチングになるのです。
ここで、ポジティブエイジングにつながる活動事例を紹介します。
世田谷区では、社会の変化に合わせて、多様な働き方ニーズと地域の仕事をつなぐ取り組み「R60-SETAGAYA- 」が行われています。行政が区内の事業者と連携し、ミドルシニアの多様な経験とスキルを活かして、身近な地域で仕事と働きたい人をマッチングする事業です。
(Polarisは2021年のモデル事業からかかわり、その後も世田谷区および世田谷区産業振興公社から業務の一部を受託し、役割を担ってきました)
「R60-SETAGAYA-」で参加者が引き受ける仕事はさまざまです。学童保育や障害者施設の送迎ドライバー、ボウリング場での英語レッスン、保育園での家庭菜園のお手伝い、飲食店の調理補助、アパレル会社での洋服のリメイク、商店街のくじ引きのお手伝い、外国人労働者とのコミュニケーションを海外赴任経験者がサポートし業務を円滑化。Excelを使うようなパソコンスキル系と若い経営者の相談相手になるメンター業務は人気でした。ドローンを飛ばして屋根の診断を行ったチームもありました。スマホを持って散歩し、工事現場の写真を撮って企業へ送るサービスでは、撮影のためだけにオフィスから遠い現場に足を運ぶ必要がなくなり、大変助かったと事業者に喜ばれました。
R60-SETAGAYA-で「こんな仕事をしてみたい」というアンケートを取ると、高齢者の方にメイクアップをして前向きな気持ちと楽しい時間を提供したい、学生の進路相談で人生経験を活かして支えたい、独り暮らしの人とスポーツ観戦や街歩きを一緒にしてあげたいなど、多様なアイデアが出てきました。これらは、1人ひとりの人生経験があるからこそ出てくる仕事のアイデアといえるでしょう。
Polarisは、全国各地のさまざまな取り組みが行われている自治体の事例にかかわっています。たとえば、白神山地の麓にある人口3000人の小さな町、秋田県藤里町では、子育て中の人が「自分たちの まちで何か役割を作りたい」と考え、藤里ローカルベンチャー振興協議会と一緒に町役場の仕事や有償ボランティアの機会をつくり、そこからコミュニティができ、自分たちのまちで働く選択肢を増やしています。
京都府の「子連れワークスタイル実証実験」では、株式会社 ウエダ本社、utena works株式会社、Polarisの3社で協力し、場の運営を行いました。
長野県飯綱町では、ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせたワーケーション事業で地域の人たちと交流を行いました。
住まいの近くで地域との関わりを持ちながら働くスタイルを、Polarisでは「ローカル」と「コワーキング」を掛け合わせて「Loco-working(ロコワーキング)」と呼んでいます。仕事は必ず相手先があって成り立つもので、何か仕事をするということは、新しい価値観に触れあうことも含めて、人とのつながりが前提になっています。地域で何らかの役割を担えば、地域の誰かとつながるきっかけにもなります。
その後、参加者は市川によるガイダンスのもと、自己紹介を兼ねたスキルの棚卸しを行い、自己分析に使用される心理学モデル「ジョハリの窓」を応用したワークシートを使って、自身のキャリアを振り返りました。
ライフストーリーを語ったあとは、他のメンバーからフィードバックをもらいます。そのフィードバックを通して、自身の理解がさらに深まり、それまで気づいていなかった自身の価値や可能性を再確認することができるのです。
【参加者の感想】
・事例が面白かった。自分のスキルや経験を再度考えることができました。(60代男性)
・具体的な事例が多く、わかりやすかった。(70代女性)
・自分を再発見する手法を学べた。(70代男性)
・多様性について再考する機会になりました。(50代女性)
「ポジティブエイジング」という言葉から受ける印象はさまざまでしたが、地域での活動を通して地域とつながる経験は、何か新しい定義を見つけて新しいものを作っていこうというチャレンジの前提になり得るという視点を共有することができました。
Polarisはこれからも、多様なはたらき方をつくるべく、地域イノベーション・はたらき方支援に取り組んでいきます。